しのぎを削る


 3月30日の月曜日――。この2014年度の大詰めにきて、トヨタ自動車とホンダの新車発表が、同日にぶつかることになった。

トヨタは「新型カローラ」、ホンダは新型軽スポーツカーの「S660」(エス ロクロクマル)。カローラといえば、かつてはトヨタの最量販車であり、ト ヨタの代名詞的車種である。今ではハイブリッド車のプリウスに取って代わられたが、ネームバリューとしてはいまだにトヨタの代表車種である。

一方、ホンダのS660は新開発の軽自動車スポーツカーで、「ホンダらしさ」のイメージの起死回生を狙う。6月の社長退任を発表している伊東体制にとって、集大成となる新型車とも言える。

奇しくもこの2014年度末に、トヨタとホンダが新車発表を同日に行うことで、4月から始まる2015年度以降のトヨタとホンダの方向性が、注目されることになる。

日本の自動車産業は、かつて「T・N」が引っ張ってきた。「T」はトヨタ自動車、「N」は日産自動車で、自動車両大手と言われると共に、お互いにライバ ル視しながら世界に伍する日本自動車産業へと、業界を引き上げてきた。しかし、1990年代末に業績を悪化させ、自力再建を断念し、外資の助けを借りるに 至った日産自動車は、仏ルノーの傘下となり、ルノー・日産連合軍として生き残りの道を見出している。

そんななか、21世紀に入ってからは、ドメスティック日系メーカーの代表として、トヨタとホンダの存在感が強まったわけである。 ユーザーの話題が集まる「同日新車発表」は、そんなクルマ業界の縮図を象徴するイベントと言えるだろう。

現在の自動車業界を牽引し、しのぎを削るドメスティック日系メーカー、トヨタとホンダの強みと課題とは、何だろうか。今回は、両社の生い立ちや社風を比較しながら、それらを考察したい。

 言うまでもなくトヨタ自動車は、日本のトップ企業である。リーマンショック直後の赤字転落を乗り越えて、世界一の生産・販売台数を実現し、この2015年3月期連結決算では、リーマンショック以前を超えて過去最高益となる営業利益2兆7000億円を見込む。

一方、ホンダは創業者の本田宗一郎が興した本田技研工業が正式社名で、本田宗一郎氏以来、本田技術研究所との一体感による独自の技術開発力を誇り、かつての「技術の日産」ならぬ「技術のホンダ」という独自の社風をつくり上げ、早くから「世界のホンダ」を推進してきた。

日本の自動車産業界の総本山である日本自動車工業会の会長職も、かつてのT・Nの持ち回りからHも加わった三すくみとなっており、現自工会会長はホンダの池史彦会長が務めている。ここからも、「トヨタVSホンダ」の構図が浮かび上がってくる。

もともとトヨタは自動車メーカーとして豊田喜一郎氏を創業とし、ホンダは本田宗一郎氏を創業者とする。トヨタの現社長は喜一郎氏の孫の豊田章男氏が務 め、豊田家の存在が大きいのに対し、ホンダは本田宗一郎氏の存在は大きいものの、宗一郎氏の意向で本田家はその後経営に一切関わっていない。

生い立ちは似て非なるトヨタとホンダだが、直近では明暗が分かれるものの、リーマンショック後の快進撃ぶりは似通っている。現在の「トヨタVSホンダ」の構図は、この経緯の上に成り立っているものだ。詳しく比較してみよう。

● リーマンショック直後の船出 豊田章男と伊東孝紳の紆余曲折

豊田章男・トヨタ社長と伊東孝紳・ホンダ社長が就任したのは、共に2009年6月。2008年秋に世界経済を震撼させたリーマンショック直後の船出だった。

まずトヨタだが、当時「嵐の中の船出」と就任会見で語ったほど、豊田章男体制のスタートは苦難に満ちたものだった。リーマン以前の08年3月期に2兆 2700億円もの連結営業利益をたたき出したトヨタが、一転して09年3月期には営業赤字に転落したほどだ。トヨタですら資金繰りに奔走するほど、リーマ ンの影響はすさまじかった。参考文献http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150328-00069173-diamond-bus_all

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